2014年6月25日水曜日

2017年 ルーテル世界連盟のモットー

LWF


2017年 ルーテル世界連盟のモットー

ルーテル世界連盟(LWF)は2017年の宗教改革500年と連盟の大会とを、ひとつのモットー「神の恵みによって解放される(自由とされる)」の下でもとうと計画している。

このモットーは16世紀の宗教改革にとって重要だったが、今日の世界の中にあるルーテル教会全体にとっても重要だという認識からである。
モットーと共に、同一のロゴも公にしてこの年を世界中で覚えたいと願っているとのことである。


これは6月17日からインドネシアのメダンで開催された今年のLWF理事会で協議され、決議されたものである。

LWFの次の大会は2017年5月にナミビアの首都ウィントフック(Windhuk)で予定されており、「宗教改革のエキュメニカルで、グローバルな次元を明らかにする」ものとなることが期待されている。


2014年6月19日木曜日

マンスフェルトのルターの家



「私はマンスフェルトの子」とルターは言っていた

ルターが一番長く住んだのはウィッテンベルクである。

その次に長いのは幼少年期14年を過ごしたマンスフェルトである。

そこにはルターの両親が住んでいた家が今も残っていて、その1室はルター博物館になっている。

新しい展示ケースの中には、ビー玉とも言うべきものが3つ展示されている。

これは2003年にこの敷地内で掘り出された、ルター家のゴミ捨て場?から掘り出されたものの一部である。

炭素同位元素で年代決定をしたところ、1500年前後のものと確認されたという。
ルターは兄弟と一緒にこのビー玉で遊んだのだろうか。

掘り出されたものの中には毛織物の生地の切れ端とか、小鳥を食べた残りの骨とかもあったというから、その頃になるとルター家はほどほどの生活水準だったことも推測される。

こうした成果が新しい展示に生かされていて、ルターの幼少年期を察する手掛かりを与えてくれると思われる。

ルター通になるならば、ルターの足跡を尋ねる旅の日程に、このルターハウスの小さな展示も欠かせないのだろう。

2014年5月26日月曜日

『メリアン聖書』学内公開

 ルーテル学院大学・神学校で昨年未整理図書の中から発見された『メリアン聖書』は専門家の修復を経て大学に戻ってきていたが、去る21日図書館と神学校の共催でその学内のお披露目の講演会と展示が行われた。

 こういう著名な古い聖書などは多くの場合愛書家の理事長あたりが学校に蒐集しても、学生にはなかなか実感が持てないのが普通だが、去る21日午前、学内公開で徳善教授の講演と展示が行われ、学生70人ほどが参加して、「わが大学にこういう珍しい、古い聖書あり」を実感した。

 同種の講演と展示の企画を来る9月23日、恒例の『一日神学校」の催しの際に開催して、この大学を後援する教会関係の人々にも、「わが大学にこういう珍しい、古い聖書あり」を実感していただく予定である。こういうところに小さい大学の親しみある良さが出てくると言えるだろう。

ライプツィヒ宗教改革導入から475年!

1539年聖霊降臨日にマルティン・ルターがトマス教会で説教して、宗教改革の導入が周辺地域より遅れて起こったライプツィヒでは、今年の聖霊降臨日(6月8日)にこの「475年記念」を祝う由である。

  その日の特別行事はニコライ教会でのザクセンルーテル教会監督の説教に始まり、礼拝後今回市内に選定される「ルターの道」を監督が市長とともに歩き初めし、最後はトマス教会で祈りの礼拝をもって終わる由。もちろんこれらの行事にトマス合唱団が参加するのは言うまでもない。=

2014年4月15日火曜日

シートに覆われたウィッテンベルクの市教会


今ウィッテンベルクを訪れる人は残念ながら、旧市庁舎が立ち、その前に修復成ったルターとメランヒトンの銅像が立つ広場から二つの塔の上半分が見える市教会を見ることも、写真を撮ることもできないそうだ。
 ルターがしばしば説教もした教会、聖壇にルカス・クラナッハの描くルターと宗教改革を描いた聖壇画のある教会だが、目下のところ工事用の足場とシートですっぽり覆われているようだ。総額760万ユーロ(11億円弱)の予算で、内外全体を磨き上げると言うが、今年の宗教改革記念日までには内部が完成、来年中には外壁も、白い砂岩の壁がピカピカになるとか。
きれいになり過ぎて、歴史的建造物には見えなくなってしまうのではないかと、いささか心配でもある。(徳善)


2014年3月26日水曜日

『メリアン聖書』修復完成

 (2014.3.26)
昨年9月、ルーテル学院大学図書館4階の未整理図書の山の中から見つかった古い聖書が、1630年シュトラスブルクで発行のルター訳旧新約聖書であって、200を超える銅版画の挿絵で有名な、挿絵制作者の名によって名付けられている『メリアン聖書』と分かって約半年、その後こういう場合の修復専門の会社に依頼して修復中だったが、予定より早く修復が完了して、図書館に戻ってきた。

 引き渡しが3月26日に行なわれ、面目を一新して、やがて図書館で展示されることだろう。図書館では先ずは4月に学内でのお披露目の機会を設け、9月23日の「一日神学校」の際には参加者のための特別セッションや展示を企画するとのことである。

 宗教改革500年記念に向かう今、ルター訳の聖書がどのような形で民衆に親しまれ、手許に置かれたかを示す、よい実例を示すことになろう。この聖書は復刻版も出版されていて、相当の値というから、今回のオリジナルは、値がつかないほどとは言えないものの、愛好家が見ればやはり唸らずにはおれない古書と言えるのではないだろうか。

 ルターの時代から約80年、ルター自身の時には付いていなかった節がついているなどは、聖書の普及という点でも興味深い推理のきっかけを与えてくれるものである。(徳善義和)

2013年12月12日木曜日

ルーテル学院で発見された 『メリアン聖書』のその後...


(2013/12/12)
  ところで先に(2013.9.30)報じた、三鷹で見つかった『メリアン聖書』のその後だが、修復の専門家に見てもらい、相談の結果本格的に修復してもらうことになり、目下のところその専門家の手に委ねられている。来年のイースターの前には修復が終わって、図書館に戻ってくる由で、その際と、さらに9月の一日神学校の際にも、解説付きで特別な展示をすることも計画しているそうである。
  先日松本教会で奉仕する機会があった折りに、この聖書の話しをし、1630年のルター訳聖書には、章のほかに節が入っていることにも言及した。それに対して、同教会員の谷口俊一郎さん(信州大学医学部大学院教授)から示唆に富んだ見方をうかがった。
  それによると、中世は神学も科学も哲学の支配と枠の中にあったが、宗教改革とともに、神学ばかりでなく、科学も哲学の枠から出ることになっていったから、17世紀のその頃になれば、人々が数の有用性、利便性に注目するようになっていたことが、聖書に節を付す、ということの背景にもなっているのではないか、というのである。
  興味深い考えである。この『メリアン聖書』に関しては、今後のための記録として、来年の「ルター研究」に「研究余滴」の形で経過を一文にまとめておいた。(徳善義和)